IRELAND
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IRELAND

1998年4月
いつもはアイルランド、スウェーデン、日本と別れて仕事をしているプロジェクトチームが、新プロジェクト発足のための会議をすることになった。

成田−ヒースロ−ダブリン
成田からダブリン(北アイルランドのベルファストではありません。)へは直行便がなく、ヒースロー経由となった。日本航空の到着ターミナルとインガス航空アイルランド行きターミナルが離れているため、ターミナル間をバスで移動。乗り換えカウンターへ着くとチェックイン。なんとインガス航空の係員が違う帰りのチケットを見て「インガス航空ではない」などと言ったりするトラブルがあっ たが、無事チェックイン終了。続いてイミグレーションへ。

「地球の歩き方」によると「イミグレーションは、かなりきびしく審査される」と書かれていたため、 同行の部下は、ヒースローへ向かっている機中でかなり心配していた。:アイルランドへの入国審査はダブリンではなく、ヒースローで行われる。)そこで、最初に私がイミグレを通ったが、たいしたことはなかった。カナダの方が、いろいろ面倒なことを聞かれた。イミグレを通ると搭乗ゲートへ移動。これが長〜い道のり。延々とチューブのような通路を行けども行けどもゲートに着かない。重い荷物を持っていたら、たいへんな移動だ。

ダブリン空港へ着くと入国審査はもちろん無く、国内線のようにバッゲージカウンターへすすんだ。そこで、私たちを待っていたのは運転手のビビアン(上の写真のサングラスのおじさん)に会った。はじめてその名前を聞いた時は、女性かと思ったが立派なおじさんであった。

ダブリンそしてキングスコート
ダブリンでは2泊し、アイルランドチームが働いているオフィスや設備を見学。日本からダブリンに来ている社員と中華料理を食べたりした。そして、スウェーデンチームと合流し、会議場であるキングスコートにあるカブラ城(ホテル)へ移動した。

ジンバブエでもブラワヨでネスビット城(ホテル)に泊ったことがあるが、カブラ城は規模がはるかに大きい。部屋数が多くレストランも広い。建物の周りがゴルフ場になっている。車で15分ぐらいの所には、乗馬やアーチェリー、パンやお菓子作りを教えてくれる場所もある。詳しくは、上記サイトへアクセス!

アイルランドについて
日本人にはあまり馴染みの無いアイルランド。「アイルランド=IRA=テロ=危険」との印象が一般的な印象かもしれないが、それは北アイルランドの話でダブリンはロンドンよりはるかに安心して歩ける町。日本料理店も2件ある。ゴルフ場もたくさんあり、おいしいギネスビールもおすすめ。まだ、日本に無い「プラネットハリウッド」も一見の価値あり。

お土産物店、レストラン、喫茶店、ホテルでは、人も温和な雰囲気で不愉快な思いもせず過ごした。これから観光シーズンでアイルランド系のアメリカ人がルーツを探してどっと訪れる季節だそうだが、もっと日本人が来てもいいのにとの印象を持った。ホテルのスタッフやアイルランドチームの同僚からも、「なぜ、日本人観光客がもっと来ないのか。」と何回も質問された。

ロックバンド U2の自宅のゲート

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