2/22(土)
今週は、お客さんがあった。1977〜79年まで化学を教えていたアメリカの平和部隊のJeffが火曜日にBHCに来た。1978年〜80年にいたJOCV初代の深井さんと一年だぶっている。
彼がいた頃は、日本人、インド人、オランダ人、フランス人、アメリカ人がBHCだけで12人もいて、街にも何人もの外国人ボランティアがいたそうだ。当時、平和部隊もガーナ全土に300人(1986年現在70人に減少)いたそうだ。1981年12月31日のクーデターと1983年の旱魃でみんな去ってしまって、残ったのは日本人のみ。Jeffの他に、アメリカ人二人が来たが数ヶ月で耐えられなく帰ったそうだ。
いつでも帰れる、いや帰るアメリカの平和部隊と、親が危篤でも旅費を出さない協力隊事務局、途中で帰るのは恥と思う協力隊員。いつでも帰れる条件だったら、はたして私は最初の半年を乗り越えただろうか???
2/24
特によく会うガーナ人の友人知人
エリーザ神父: 校長
エテュマンテ: 教頭
コフィアバジ: 教師、ナイジェリア帰り
ジョンアメフォ: 教師、お隣さん
マギー: ジョンの女友達(しっかり者)
コヌ: 化学の教師(BHCには、化学の教師は私とコヌだけ。)
セラク: コヌと同じ家をシェアしている。教師
BB: 行きつけの店、Big Benの店主(Kpanduにディスコを開くことを夢見てる。)本名は聞いたことなし。
ペフェット: B.B の娘。4歳
−今日の3食ー
朝:Cerelac
昼:フーフー(肉はグラスカッター)
夜:ライス&シチュー