SWEDEN
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SWEDEN

1997年10月下旬
現在働いている会社がスウェーデン資本であるため、スウェーデンはストックホルム、Kistaでの会議へ出席するため出張した。最近、日本でもコマーシャルが流れはじめた某E社である。
現在、成田ストックホルム間には直行便も無く、デンマーク経由の長時間フライトとなった。夏には直行便があるようだが、、、

オバタリアンとオジタリアン

大騒ぎする団体旅行の日本人の数は少なく、安心していたが甘かった。搭乗手続きが済み飛行機に乗り込もうとしている時、そのグループは目に付いた。初老の男性一名と初老の女性二名のグループが、通路を完全にブロックしマイペースで歩いていた。後ろの苛々している長蛇の列を気にしている様子はまったく無かった。席につき驚いたのは、他人の席に勝手に座りスチュワーデスの注意も聞こうとしない。クレームを付けた人は、しょうがなく運良く満席ではなかったので空いている席に座って一件落着した。

運が悪いことに、一人は私の後ろの席に座った。しばらくは、大声で話していたが興奮も冷めたようで静かになった。そして、食事も済み映画の時間となった。皆が窓を閉め、機内を暗くし映画が始まった頃「私、窓を開けるわね」と突然素っ頓狂な声をだし窓を全開しはじめた。窓からの明かりは、私を含め周りの乗客の顔を照らし、暗闇に慣れた目は眩しさに開けられなくなりもちろん映画も見られない。自分の勝手で、周りの人の迷惑も顧みない態度に私はたまらず「閉めて下さい!!」とそのオバタリアンに注意をした。まったく、あんたは何歳なんだ。こういう日本人に出会うたびに日本人であることが恥ずかしくなる。

スウェーデン着 空港からタクシー

空港に着き、出入国審査では何の質問も無くパスポートにスタンプを押され日本大使館からの注意書きパンフレットを渡された。治安上の注意とタクシーの乗りかたについて書いてあった。タクシーに固定料金はなく高額な値段を請求されることがあるようである。空港のタクシー乗り場にも、「乗り込む前に値段を交渉して下さい。」と英語で書かれた看板があった。

一番のお勧めタクシーは、Kurir(クリア)タクシーで空港から街までの値段も窓ガラスに書いてある。私の勤める会社は、この会社と契約していたのでタクシー乗り場に並んでいるタクシーからクリアタクシーを探し乗せてもらった。日本と違い、最前列のタクシーにのらなけらばならないことも無い。高ければ、次のタクシーと値段交渉をすればよいようである。私の乗ったタクシーの運転手はおしゃべりであった。彼は、以前某E社のアラビアでのプロジェクトで働いたことがあり「日本にもE社があるのか」と親近感を持ったようで、空港からの20数kmをずっと話していた。降りるときにも親切で気分がいいスタートとなった。

ストックホルムの町並みと食事

地下鉄などの交通機関、町並み等は特に他のヨーロッパと比べてすばらしいとは思わなかった。写真を撮る意欲もあまり起こらなかった。道や地下鉄の乗り換えのとき分らず聞くと親切に教えてくれた。一人はこちらが効かなくても、親切に「君の乗る電車はあっちのプラットフォームだ」と教えてくれたおじさんが居た。一人は、でも、聞こうとするとあっちに行ってくれと言うジェスチャーをされたが.....

食事はまずいとの評判を日本で聞いていたが、特にコーヒーは日本人の口には合わない。日本で私が働いているオフィスでも、コーヒーは二種類用意されている。アメリカンとレギュラーである。レギュラーとは、スウェーデンでの標準でコーヒーメーカーで指定されている量の2倍の量のコーヒー豆を使う。

会議

私が参加した会議には、ヨーロッパ各国、アメリカ、日本、香港と北京、ブラジル、メキシコなどから代表が集まりプレゼンテーションやワークショップ討論などを行った。私にとっては、E社に入ってから初めて会う人達であったが、これからの仕事上ここでできた人間関係が役に立つと思う。いくら、電子メールでやり取りできても、実際会って話すことの重要性に取って代わることはできない。

中国スポーツ代表団

帰国のためまたデンマーク行きのSAS(スカンジナビア航空)に乗った。その飛行機には、中国スポーツ代表選手団らしき10数人の団体が乗ってきた。私は自分の座って出発を待っていると、私の横に座るはずのヨーロッパ人女性が困った顔で私の横に立った。「どうしたのか」と聞くと、彼女の友達の女性が中国人の間の席のチケットを持っているが、一緒に座りたいので私とできれば席を替わって欲しいという。私の横の席に座る彼女は、当然私のことを中国人と勘違いし、いっしょに彼ら(the same group)と座ってはどうかということでもあった。デンマークまでの短いフライトではあったが、彼女が友人といっしょに座りたいというのであればと思い快く承諾し席を替わった。

しかし、変わった席の隣には選手がその隣に監督・コーチらしき人が座っていた。その監督・コーチがしゃべるしゃべる(私には、北京語に聞こえた。)その選手に向かって延々しゃべり続けた。かわいそうなのはその選手である。彼女は、相づちを一時間打ち続けた。その監督・コーチは、ジンバブエにいた時東京から出張できた某氏を私に思い出させた。彼もハラレからブラワヨの数時間のドライブの間、ずっとしゃべり続けて私は閉口したものだ。

その他

デンマークのコペンハーゲンでの乗り換えは、2時間遅れて私は5時間空港で過ごさなければならなくなった。国際線には数十回は乗ったが、こんな遅れは二回目だ。仕方なく、デューティーフリーショップで買い物をしようとしたが、特にこれというものも無くブラブラしていた。そうしているうちに、お腹もすいてきた。カフェテリアがあったので、そこでサンドイッチとビールを買いストックホルムで買った本「コンタクト」を読んでいた。酔いが回って顔が真っ赤になった頃、同じく成田行きの飛行機を待っていた一人旅らしき日本人女性が声をかけてきた。でも、私の真っ赤な顔を見て酔っ払いと思ったらしく、どうでもいい話題となり彼女はそそくさとどこかへ行ってしまった。残念。

ストックホルム地下鉄の切符(本物はカラー) Subway ticket


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