
1992年に、ナイジェリア南西部の通信網の整備拡大プロジェクトのために出張した。
一番大変だったのは、カウンターパートのエンジニアと運転手と私だけで南西部を回って調査していた時に起こった。その日は、午前中の調査が長引き
、レストランに寄るランチタイムを逃してしまった。空腹を抱えたまま、その日泊る100km以上離れた地方都市のホテルへと向かったが、途中大渋滞に巻き込まれた。あんな大規模な渋滞は、
それまでの私の人生の中で最悪の渋滞だった。
原因は、ちょっとした事故(?)なのだが片側3車線の高速道路があれよあれよという間に
つまりだし、たった数百メートル移動するのに5時間かかった。みんな自分の事しか考えないから、空いていれば反対車線へも突っ込んでいき混乱の収拾はつかなかった。
警察が来てもどうにもならない。車中泊と夜の強盗を覚悟していただけに、ようやく抜けた時のほっとした感覚と、安堵とともによみがえった空腹感はよく憶えている。私たちが抜けた後、後ろを振り替えると悪化の一途をたど
り渋滞の規模が大きくなっていくのが車のヘッドライトの多さでよく見えた。
ナイジェリア出張中は、よくCNNを観て、ガーナで売っているのと同じビールを飲んで、ガーナ人が食べているのと同じナイジェリア現地食を食べ、よく仕事をした。
食に関していえば、他に韓国料理、中国料理、レバノン料理、インド料理の店もあり
また、料理の質も良く、食べることでストレス発散をしてました。