ジンバブエ分家頁 ハラレのマダム日記
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その39…最終回!
実はパティオに掲載していたマダム日記は、前回の「落馬」で終わっています。その後は、帰国準備や現地の友人との別れなど、書く材料はいっぱいあったのですが.......。それは私が、「ジンバブエを出る」ことを認めたくなかったのかも知れません。
住み慣れた家を出る日、EWEはギャリー君と最初で最後の握手をしました。始めての人に会う時、EWEは決まって握手をしましたが、使用人と主人の区別をあえてつけるために、EWEも私も握手をしなかったのです。
でも、私は手を振ることしか出来ませんでした。EWEのように「私たちのために一生懸命働いてくれたことを感謝しているよ」と言って、私も最初で最後の握手をしたかったのですが、きっと、いえ絶対泣いてしまうと躊躇したからです。そのことは今でも後悔しています。
空港には、隊員や現地の友人達、おつき合いをしていた日本人の方々が見送りに来てくれました。搭乗が始まっても、私たちは空港のラウンジで彼らとジンバブエ産ビールを飲み続けていました。搭乗口に入る時、とうとう私は押さえていた涙を彼らに見せてしまいました。飛行機のタラップの上では、「吾妻さ〜ん、ハラレさ〜ん」の声に、何度も何度も手を振りました。
ハラレ空港にて
ハラレ、事務所スタッフ、隊員、エマ

・・・この11月で帰国して2年がたちました。今でも隊員OB・OGや現地の友人と楽しいお付き合いが続いています。今私たちが過ごしているこの家には、ジンバブエ製のタペストリー・置物・食器などがあふれ、今だにジンバブエの思い出の中で毎日過ごしています。 最後まで「新米マダムハラレのジンバブエ日記」を読んでくださった方、本当にありがとうございました。
1997年12月6日 ハラレ
次回予告:
1997年2月、たった2週間でしたがジンバブエへ帰省しました。 その時のことをまとめた「マダム日記・外伝」を手直ししますので、またよろしかったら読んでください。