ジンバブエ分家頁 ハラレのマダム日記



 

その28…不適応症候群  '95年1月12日(木)


   この私が「不適応症候群」になるとは、夢にも思わなかった。 非常に恥ずかしいのだが、いわゆるホーム・シックというやつ である。と言っても、「ママに会いたいの!」というのでは、 決してなく、日本にちょっと帰ってみたいなぁ〜!という極め て軽いものなのである。

 ここジンバブエの住民になって、1年4カ月がたった。他の アフリカ諸国に比べ、治安も良い方で、大抵の物が手に入る。 一昨年までは叶わなかったお刺身も、今では食べられる。隊員 は、わがままで生意気な奴も多いが、日本食を作ってくれる私 の前では、可愛いい!苦手だった日本人マダムとのおつき合い も、食べず嫌いが少し直り、なかよしのマダムもできた。夫・ EWEに比べ、自由な時間もあるし、物価は日本よりも安いの で、衝動買いをしても許される。

 何が不服だと言うのか。…自分でもわからない。ただEWE と二人でご飯を食べていると、急に涙が出てきたり、ボゥ〜と することが多い。いつものスーパーに行くと、店員のシャマリ (ジンバブエ人)がショナ語で話しかけてくる。が、いつもの ように、彼の期待に応えてショナ語であいさつするのが面倒に なる。

 こういう症状は、ホーム・シックだとEWEは言う。負けず 嫌いの私は、否定し続けた。と言うより信じられなかった。
 私は、EWEと出会う前から、開発途上国の方が好きだった。 ワーク・キャンプという目的で、バングラデシュやフィリピン に行ったこともある。スラムは想像以上に悲惨なものだったが、 日本がどこかへ置き忘れたものに出会えたし、個人レベルで今 まで関わってきたし、私は差別や偏見を持つ日本人が大嫌いだ!  そういう体験をし、こういう考え方を持つ私だから、途上国 で住む日本人にふさわしい。といった思いが正直言ってあった と思う。その傲慢さが、私に認めさせたくなかったのだろう。

 隊員に配られる『健康管理ハンドブック』の中に、「不適応 症候群」が出てくる。抜粋すると「…ある程度の不適応症候群 を呈するのは、誰にとっても起こり得ることなのである。ブー ゲンビリアの花(正確には葉)が…見える風景は、最初見た時 は旅情をそそるものだが、数ヵ月たつと腹だたしくなる…」
 誰にとっても起こり得ること、というくだりに励まされる。 その傲慢さもついでに認めて、10月末まで踏ん張っていこう! …まだまだ新米マダムのハラレであった。

目次へ戻る