ジンバブエ分家頁 ハラレのマダム日記



 

 新米添乗員ハラレのジンバブエ日記

その24…ケルン来ジンバブエ特集・3
おちゃめなお母さん    ’94年10月4日(火)

旅行中、いつからか私は、ケルンの奥さん(享子さん)のことを、「お母さん」と呼んでいた。それは、享子さんが私の母親にすごく似ているからだと思う。享子さんは、現役の看護婦さんで、私の母は3年前まで看護婦だった。山歩きが好きで、社交ダンスを習った経験を持っているところまで同じなのだ。聞きそびれてしまったが、享子さんの血液型はB型ではないかと、この日私は思った。

 …というのも、ホテルを出て、★ビクトリアの滝へ向かって歩いている時のことだった。バブーンという種類の猿が10頭ほど座ったり、あたりを歩いたりしていた。大きな猿は、人間の5才児ぐらいの体格で、とっちゃんと私は、「こわいよ〜!」と叫んでしまった。「目を見ないように歩けば大丈夫だよ」と教えてくれたケルンを先頭に、私たちは恐る恐る歩き出した。私は、享子さんと並んで歩いていた。そして、享子さんは大きなハブーンの前を通り過ぎる時、なんと「こんにちは!」とバブーンに会釈したのだ。私はこの時、なんて可愛らしい方なんだろうと、とても感激してしまった。

 そしてその夜、とっちゃんが享子さんに向かってビデオカメラを構えると、享子さんは、さっき見たアフリカン・ダンスのダンサーのように、とても上手に腰とお尻を振ったのだ。それは、民族衣装を着たヌデベレ族(ジンバブエ人)が、歌や太鼓に合わせて踊りを披露してくれるもので、ホテルの庭に木の囲いを作り、昔の部落そのもののセットの中で、私たちは見ているので、すぐに感激してしまうタイプの私など、実際に行われていた時代にタイムスリップした気分になった。そう言えば享子さんは、ダンスの最中に、「オー!」とか「わぁ〜」とかさかんに歓声を挙げて、拍手を送っていた。

 私が享子さんの年齢になった時、こんな素敵な可愛いオバサンになれるだろうか。この日の享子さんを見ていて、ぜったいなりたい!と思ったのだった。

★新米添乗員ハラレの一口メモ★ ビクトリアの滝(VICTORIA FALLS):  世界で一番大きい滝。ジンバブエとザンビアの国境をまたいで流れ落ちている。世界一というのは、滝の幅のことで、1.7kmに渡る。そしてザンベジ川の水は、110〜150m下に落ちていく。この滝をヨーロッパ人で初めて見た人は、かの有名な探検家リビングストン。1855年に彼はこの滝に出会い、当時の英国女王の名を勝手に捧げてしまった。昔からジンバブエ人は、この滝を「モシ・オア・ツンヤ」(「雷鳴のとどろく水煙」の意)と呼んでいた。雨期の水量が多い時には、滝から6キロ離れたところまで水の落ちる音が聞こえてくる。ナイヤガラの滝には悪いが、比べものにならないらしい!ジンバブエ第一の観光地。            ☆参考:『ゴーゴー・アフリカ/下』蔵前仁一著

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