ジンバブエ分家頁 ハラレのマダム日記



 

       

その22…ケルン来ジンバブエ特集・1
ケルン一家がやってくる  ’94年10月1日(土)

 ケルン一家を乗せた飛行機が到着する1時間前、EWEと私はハラレ空港のインフォメーション・デスクで、頭をかかえていた。今日に限って、空港の役人は渋い顔をして、EWEに許可書を交付してくれないのだ。その許可書がないと、空港の中には入れないし、ケルンの税関手続きを手伝うこともできない。着任して1年になるが、外交官カードを提示すると、許可書をすぐ交付してくれたのに…。どうして、ケルンがくる日に限って?????と、叫びたかった。「飛行機のタラップの下でお待ちしています」と、ケルンには電話で言ってしまったのに…。

 EWEは、もう少し交渉を続けると言い、私は空港の屋上へ上がった。南アフリカ航空機から降りて、ここジンバブエの大地にすっくと立つケルン一家の姿をビデオカメラに収めたかったからだ。放送が入った。もうすぐケルン一家を乗せた飛行機がやってくる。EWEは、果たして中に入れてもらえたのだろうか。 

 南アフリカ航空のジャンボ機がハラレ空港に無事到着した。前方のドアが開き、乗客が少しずつ降り始めた。黒人や白人が次から次へと降りてくる。どうやら満員だったようだ。ビデオカメラのレンズ越しに、ケルン一家を探そうとして、我に返った。…私はケルンとは一度もあったことがないし、ましてやケルンの奥さんもお嬢さんもお嬢さんのダンナさんも知らない。しかも、私たちのビデオカメラは旧式で、被写体を白黒でしか確認できないのだ。困っていた時、アジア系らしき4人組がタラップの下で飛行機をバックに記念撮影をしている姿を見つけた。カメラを覗き、ズームして確認しようとするのだが、白黒だから今一つはっきりしないが、こうなったらダメでもともと、映しておこう!

 ケルン一家らしきアジア人を映し終え、一階の到着出口に来ると、ホッ!とした。EWEの姿が見当たらなかったからだ。どうやら、中に入れたらしい。乗客がすべての手続きを終えると出てくる小さな出口の真ん前に、私は陣取ることができ、ケルン一家とEWEが出てくるのを待つことにした。私と周りの80人ぐらいの人が、この小さな出口をさっきから注目している。

 車椅子で出てきた老婦人の元に走り寄る白人の少女、出てきた若い父の両腕にぶら下がる黒人の子供たち、小学生のインド人兄妹は、母が出てくると、ワンワン泣き出してしまった。再会を喜ぶその姿は、力強く抱きしめ合ったり、キスの嵐だったり、こちらまで胸が熱くなる。

 そんな時、「ハラレ、ケルンさんだよ!」と言いながらEWEが出てきて、後ろから、ケルン一家がトランクを引っ張りながら現れた。この瞬間を半年前から楽しみにしていたのだ。「ハラレです、ようこそいらっしゃいました」 「お世話になります」とケルンは言った。…さっきのアジア系4人組は、大正解だった。

(注:「ケルン」とは、ニフティのパティオで使うハンドル名です。実名ではありません。)

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