ジンバブエ分家頁 ハラレのマダム日記



 

       

その19…私はシャマリ(友達) ’94年5月17日(火)晴天

 音楽隊員の正子ちゃんが遊びにきた。「街からタクシーを拾ったの。乗ろうとしたら、ショナ語でしゃべりかけられたのよ。私がショナでしゃべる前によ」「なんで正子ちゃんがショナをしゃべれるってわかったの?」「ドライバー仲間の中で、日本人の女性はショナがしゃべれるって評判なんだって」二人で大笑いした。

 隊員たちの主な足は、自転車と時刻表もない乗合バスと、たまに乗るタクシーだ。ジンバブエ協力隊では、車はもちろんオートバイを持つことも、運転することすら許されていない。開発途上国の最大の問題の一つは、上層階級と民衆の間の貧富の差だといわれている。隊員たちは、上層階級のジンバブエ人を支援するために日本国から派遣されているのではない。隊員の協力活動の目標としているのは、民衆(民衆指向)であって、民衆の気持ちがわからなければ、本当の協力は出来ないということから、現地生活費も低く抑えられている。(1カ月約4万円で、アメリカの平和部隊よりはずっと高額です。:EWE注釈)

 日本人のマダムたちは、外車を乗り回している人もいるくらいで、ほんどタクシーは使わない。タクシーを使うのは、隊員と、車を探している私ぐらいだ。隊員たちは、英語はもちろんのこと、民衆のジンバブエ人が使うショナ語も練習している。英語が話せないジンバブエ人と一緒に仕事をすることもあるし、それに英語は彼らの本当の言語ではないからだ。私も隊員たちを見習って、ガーデンボーイのギャリー君に、ショナ語を教えてもらっている。

 ジンバブエ人を4つに大きく分けることができる。ショナ語を話すショナ族(71%)・ヌデベレ語を話すヌデベレ族(16%)あとは、イギリスの植民地時代にやってきた白人(1%)とインド人(1%)だ。白人とインド人は、2世の代に入っており、この国で生まれたからジンバブエ人なのだが、なぜかショナ語もヌデベレ語も話そうとしない。ここハラレは、ショナ族が多い地域なので、公用語の英語の次は、ショナ語だ。

 英語学校の休み時間に、クラスメートのエレネスト(モザンビーク人)と廊下でおしゃべりをしていた。そこへのショナ族の事務長さんが通りかかったので、私はショナ語で挨拶をした。そうしたら、エレネストは私にこう言った。「ショナを勉強することはいいことだよ。英語は白人が持ち込んだ言語だ。ショナ族は英語を上手に話すが、できれば話したくないだろう」授業中、ふざけてばかりいる彼を、私は一変に見直してしまった。

 ショナ族は、見ず知らずの人でも「シャマリ、シャマリ(友達)」と呼びかける。先日買い物に行った時、トマトを欲しくて従業員を呼び止めようと「シャマリ」と叫んだ。すると従業員はもちろんのこと、ショナ族のお客さんまで私の方を振り返った。振り返えらなかったのは白人とインド人だけだった。そうか、ショナ族はみんなシャマリなんだ。なんか不便な呼び方だ。

 買い物をする時に必要な言葉はしれている。「こんにちは」「いくらですか」「ありがとう」ぐらいで十分だ。たったこの3つの言葉を英語で話しかけるのと、ショナ語で話しかけるのでは、シャマリの対応が大きく違う。初めは、外国人の私に"Good morning."と話しかけてくるが、わたしが「マングゥワナニ(おはよう)」と答えると、急にニコニコして、"You speak shona."と言う。二度目に訪れると、もう英語では話しかけてこない。ショナ語でしゃべってくるシャマリとは、依然会ったことがある人だとわかる。

 ある日、行きつけのスーパーマーケットに行った時、「シャマリ〜」と呼ぶ声がした。どこかのシャマリがどこかのシャマリを呼んでいるのだろうと思っていたら、私を呼び止めたかったらしい。ツンツンしている白人やインド人とは(私にはそう見える)違って、同じ仲間にしてもらえたような気がして、とてもとても嬉しかった。

 ちなみにEWEは、私のことを「マンブーヤ」(ショナ語で「おばあさん」)と呼ぶ。それはとても悔しい。

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