ジンバブエ分家頁 ハラレのマダム日記
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新米マダムハラレのジンバブエ日記
その18…食べず嫌い '94年4月28日(木)晴天
ティーパーティの当日がやって来た。8時にEWEを送り出すと、トイレと洗面所をチェックした。昨夜活けた花がしおれかかっているが、もう直す時間はない。コーヒーと紅茶の準備をして、チョコレートケーキとクッキーをテーブルに並べた。アップルゼリーの上に、ヨーグルトをかけて、もう一度冷蔵庫に入れた。男性隊員に教えてもらった、魚の混ぜご飯をあたため直した。そんな時、ギャリー君が門を開ける音がした。マダムたちの到着だ。
玄関に出てみると、車が6台ほど並んでいて、その前でマダムたちが挨拶を交わしている。ギャリー君は「おはようございます」(日本語)と挨拶をするのだと、はりきっていたのに、隊員とは全く違う雰囲気のマダムたちに圧倒されているようだった。応接間に通しても、譲り合ってなかなか座ってくれない。
開始時間の10時を20分過ぎて、なんとか始まった。2週間前に赴任してきた新メンバーの自己紹介に続き、全員が自己紹介をした。私は自己紹介の中で、ティパーティのお当番をすることが初めてで、ケーキづくりが苦手なことを話した。また、2学期からも英語学校に通うので、おつきあいは少ししかできないことを加えた。「お若いのに大変でしたこと…」「学校に通ってらっしゃるなんて、偉いわ〜」「充実した時間の使い方をしてらっしゃるのね」と、思ったよりも好意的な声が聞こえてきて、ひとまずホッとした。
大使夫人が私を探して台所にいらした。「お世話おかけしますね」と、きれいなお箸セットをくだった。そして「上手に作られたわね」とほめてくださった。
「私、ケーキを食べるために、朝ご飯を抜いてきたの」と話しながら食べ続けるマダムがいた。「もう一度、お手洗い使わせて。年だから…」とアッケラカンと言うマダムもいた。「私も英語学校通いたいの。詳しく教えて…」と3人のマダムから尋ねられた。けっこう、楽しいマダムたちかもしれない。
私は、彼女たちに対してきびし過ぎたのかもしれない。彼女たちも、慣れない英語を使って、文化摩擦を感じながら、メイドやガーデン・ボーイと毎日つきあっているのだから。子供が体調を崩すと、車を走らせて病院に連れて行ったり、幼稚園では、他国のお母さんたちとのおつき合いもある。わたしが経験していない苦労を彼女たちはしている。日本人だけのこのグルーブが、彼女たちにとって気を抜ける唯一の場なのかも知れない。もっとおつき合いしたいとは思わないが、同じハラレに住む日本人同士として、共通点も確かにある。
いつも12時で終わるティパーティが、1時になってやっとお開きになった。急いで帰られるよりはずっといい。居心地が良かったのだと解釈しょう。 そういえば小さい頃、よく母に怒られた。「あんたは、食べず嫌いが多すぎる」と。私のマダム・アレルギーは、食べず嫌いから来ていたのかもしれない。