ジンバブエ分家頁 ハラレのマダム日記
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新米マダムハラレのジンバブエ日記
その14…私たちの先生のこと
’94年1月12日(水)晴天
先生の祖先はスコットランド人だが、植民地時代に両親がこの国にやってきて、この国で生まれた。こういう白人のジンバブエ人は、10万人ほどいる。(全人口1200万人)私が知る範囲で、こういう白人達は経営者であることが多い。ちょっとおしゃれなレストランやブティックだと思うと、たいてい白人がレジの席に座って、黒人の従業員に指図をしている。「なんでこうも白人のオーナーが多いのよ!」と街に出る度に思う。黒人のオーナーに使われている白人がいてもおかしくないのに。14年も前に独立したと言うのに、いや、まだ14年しかたっていないからなのだろう。
こんな風に白人のジンバブエ人を見ていた私だったから、先生のことも、初めは先入観から、期待していなかった。しかし、この先入観も授業二日目となると、完全に壊されてしまった。彼はまず、とてもフレンドリーな性格で、肌の違いでクラスメートを分け隔てすることもなく同じようにやさしく接した。そして、彼は、私たちに教えることをとても楽しんでいるようだった。だから、教えてもらっている私たちもとても楽しい。また、私たちが答える度に、べたほめしてくれた。私はおだてにとても弱いタイプなので、「ハラレ、ベリーグッド」とか「オー!ラブリー」とか言われると、嬉しくて、また当ててもらえないかと思ってしまう。おまけに私より年上の37才で、背が190センチほどあり、ハンサムで独身ときているから、毎日の宿題や予習に復習も楽しくって仕方がない。
そして、なんと先生は、京都と神戸に5年間も住んで、英語の先生をしていたと聞いてびっくり!納豆も味噌汁も好きで(単語はlikeではなくてloveを使った)、すごい親日家のようだ。だから初日、私が日本人だと聞いて微笑んだのだろう。10分間の休み時間に尋ねてみた。「ニホンゴヲハナシマスカ」先生は微笑みながら「すこしね。でもむずかしいですねぇ」と日本語で答えた。