ジンバブエ分家頁 ハラレのマダム日記
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新米マダムハラレのジンバブエ日記
その12…はじめの一歩
’94年1月10日(月)晴天
この日は朝から落ち着かなかった。学校に通うなんて久しぶりだし、今日はクラス分けの試験もある。「あなたのレベルに合うクラスは本校にはございません」なんて言われたらどうしょう…。
ジンバブエの住人になって3カ月。どこのデパートに何が売っていて、どこのレストランがおしゃれでおいしいかわかってきた。この国は、他のアフリカ諸国に比べ気候も治安も物質的にも恵まれている。ガーデン・ボーイのギャリーくんとはうまが合うし、年が近いせいか協力隊員とは楽しいおつきあいも始まった。でも、何か一つ物足りなかった。私はこの国の人のおかげで何不自由なく暮らしているけれど、私はこの国の人のために何もしていない。EWEや隊員達のように、ジンバブエの国づくりのために何かをしてみたい!でも英語が弱い…。そんな自問自答を繰り返していた時、教師隊員のメルモちゃんから「一緒に英語学校へ行きませんか」と誘われた。この時、私が待っていたはじめの一歩は、これだ!と思った。
通学用にとEWEに買ってもらったマウンテン・バイクで、学校まで30分かかった。校舎の前にはすでに50人ぐらい集まっていた。その人々を見て私は驚いた。肌の色は黒、白、黄色。年齢は20才前から50才ぐらいまで。マドンナそっくりな白人のお姉さんもいれば、イスラム教徒なのだろう全身真っ黒いマントをはおり、目だけ出している女性、レゲーのお兄さんのような髪の人もいた。とにかく地球のいろんなところから人が来ている、って感じなのだ。静かな通りなのに、校門の前だけは一種独特の雰囲気が漂っていた。
試験料を払って教室に入った。初めは筆記試験らしい。『…らしい』と書かなければならないのがなんとも悲しい。試験の内容や手順を説明しているのだが、よくわからない。また、問題用紙を配られてびっくり、問題も英語で書かれているのだ。次の瞬間、驚いた自分に大笑いした。アフリカはジンバブエの学校で、日本語の問題用紙が用意されている方が驚きだ。選択肢で問題の意味は想像できた。空白を前置詞で埋めたり、疑問文に指定の単語を使って答えたり。内容は、Hello! My name is Jon. How are you?と初歩から始まったが、最後は現在完了形や付加疑問文も出てきた。
一時間ほどかけてひと通り問題を終えて手を上げると、試験官の黒人の先生が一枚のプリントを持ってきてくれた。それには4コマ漫画が書かれている。先生は10本の指を大きく広げて、10センテンスで漫画のあらすじを書くのだと、何度もやさしく説明してくれた。その漫画は、一人の男が店に入ってきて、客になりすまして万引きをして、逃げているところを警官に捕まえられるというものだった。
筆記試験が終わると廊下に出て、椅子に座って待っていた。次は面接試験みたいだ。先生が呼びにきて、一人ずつ個室に入る。私を呼びに来た先生は、40才前後の中近東ぽい顔立ちの男の先生だった。イスラム教徒なのか、白いレースの帽子をかぶっていた。その先生はとても優しく話しかけてくれた。おかげで試験を受けているというよりも、ちょっと知り合った人とおしゃべりしているような感じだった。名前、国籍、現住所、家族構成、なぜジンバブエに住んでいるのか、毎日何をしているのか、など尋ねられた。その先生とは、ご近所ということがわかって、二人で驚いた。試験が終わると、先生は立ち上がってドアを開け、「明朝お会いしましょう」と微笑んで、廊下まで私を見送ってくれた。
すべて英語の半日だった。けれど思ったよりわかった。わかったというよりも何となく想像しながら受験したという感じだ。筆記試験の先生といい、面接試験の先生といい、何度も聞き直しても、やさしくていねいに根気強く話してくれる。EWEと大違いだ!!また、廊下で待っているとき、モザンビークから英語の勉強に来たと言う男性とも知り合った。楽しく充実した予感を感じながら、家に向かってペダルを踏んだ。
